最近、プロ野球選手が首筋に打球を受けたあと、椎骨動脈解離と診断されたと報道されました。

首の後ろには椎骨動脈という、脳の後ろ半分(脳幹・小脳・後頭葉など)に血液を送る大切な血管が、頸の骨の中を通っています。
この血管の壁が何らかの原因で裂けてしまうのが、椎骨動脈解離です。
椎骨動脈解離は、若い方や中年の方に起こる脳卒中の重要な原因のひとつです。

今回は「首筋を打撲したことがきっかけで椎骨動脈解離が起こることはあるのか?」について最新の医学的知見をもとに解説します。

1. 椎骨動脈解離が起こると、どのような症状が出るのか

椎骨動脈解離の症状としては、後頭部の頭痛と、脳の血流が悪くなることによる神経の症状が挙げられます。

【最初のサインは後頭部や頸の後ろの痛み】

椎骨動脈解離の患者さんの約半数に頸の後ろの痛みが、約3分の2に頭痛がみられ、頭痛はほとんどの場合後頭部に起こります。痛みは片側のこともあれば両側のこともありますが、片側の場合は解離が起きた側と同じ側に痛みが出ます。

頭痛はズキズキと脈打つような痛みのこともあれば、持続的な痛みのこともあります。この痛みは、「肩こり」「寝違え」「筋を痛めた」といった症状と区別がつきにくく、片頭痛や神経痛のような痛みのこともあります。
しかし、「いつもの頭痛とは違う」と感じたときは注意が必要です。「突然バットで殴られたような」激烈な頭痛(雷鳴頭痛)で発症することもあります。

【数日後に現れることがある脳神経の症状】

痛みが出てから時間をおいて、脳の血流障害による症状が現れることがあります。首の痛みが始まってから他の症状が出るまでの間隔は、おおよそ数日とされます。

椎骨動脈は脳幹・小脳・後頭葉に血液を送っているため、血流が障害されると次のような症状が出ます。

・強いめまい、ふらつき、まっすぐ歩けない
・ろれつが回らない、声がかすれる
・飲み込みにくい、むせる
・ものが二重に見える、視野の一部が欠ける
・顔や手足のしびれ、感覚の異常(顔と反対側の手足に出ることもあります)
・片側の手足の力が入りにくい
・しつこいしゃっくり、吐き気・嘔吐

これらは脳幹の梗塞(特に延髄外側の梗塞:ワレンベルグ症候群と呼ばれます)や小脳の梗塞でよくみられる症状です。

また、解離が頭蓋内(頭の中)の部分まで及んだ場合には、くも膜下出血によって突然の激しい頭痛を起こしたり、意識を失うこともあります。

一方で、頭痛以外は無症状のまま経過する動脈解離も多いことが、近年の画像検査の進歩によって分かってきています。痛みだけの段階で発見し治療につなげられれば、脳梗塞を未然に防げる可能性があるため、「最初の痛みのサイン」を見逃さないことが重要です。

(Gemini Notebookにて生成)

2. 椎骨動脈解離はどのような原因で起こるのか ―― 外傷で起こることはあるのか?

【「特発性(自然に起こるもの)」と「外傷性」がある】

椎骨動脈解離は、はっきりした大きなけががないのに起こる「特発性(自然発症)」と、けがをきっかけに起こる「外傷性」に分けられます。「ゴルフのスイング」「ヨガ」「激しい咳やくしゃみ」「重い物を持ち上げた」といった日常のささいな動作の後に解離が見つかることも、しばしばあります。

【外傷は解離の原因になり得ます】

結論から言うと、外傷によって椎骨動脈解離が起こることは十分にあり得ます。

米国心臓協会/米国脳卒中協会(AHA/ASA)の科学声明(2014年)によると、機械的な力(首にかかる外力)が相当数の頸部動脈解離に関与していることは確立された事実である、とされています。交通事故のような強い鈍的外傷を受けた患者さんでは、およそ1〜2%に頸部動脈の解離が見つかり、外力が強いほど(顔面や頭蓋底の骨折、胸部の重い損傷を伴うような場合ほど)そのリスクは高くなると報告されています。

また、それほど強くない「軽微な外傷」――首を強くひねる・反らす動作、スポーツ中の接触、むち打ち、急な首の動きなど――の後に解離が起こることも知られており、解離の患者さんのうち12〜34%程度が、発症前にこうしたささいな外傷を経験していたと報告されています。

2026年に発表された最新のシステマティックレビュー(健常者を対照とした研究を網羅的に解析した研究)でも、「軽微な外傷」は椎骨動脈を含む頸部動脈解離の危険因子とされ、外傷があった人はなかった人に比べて解離のリスクがおよそ4倍(オッズ比4.33)と報告されています。ただし、ここでいう「外傷」の定義は研究ごとにばらつきが大きく(重い物の持ち上げから広範囲の打撲まで)、エビデンスの確実性は「低」と評価されている点には注意が必要です。

(Gemini Notebookにて生成)

【外傷以外の要因も関係する】

同じレビューでは、外傷以外にも次のような要因が解離のリスクと関連することが示されています。

・片頭痛(リスク約2.3倍。エビデンスの確実性は「中等度」)
・特定の遺伝的体質(MTHFR遺伝子のTT型など。確実性「中等度」)
・最近の感染症(かぜなどの後にリスクが上がる。冬〜秋冬に多い傾向とも一致)
・高血圧、脂質異常症などの血管の危険因子
・マルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群などの結合組織の病気

つまり椎骨動脈解離は、「もともと血管の壁が傷つきやすい素因を持った方に、首への機械的な負荷や感染などのきっかけが重なって起こる」と言えるかも知れません。首筋を打ったからといって必ずしも動脈解離が起こるわけではありませんが、打撲がきっかけになり得ることは、医学的に裏付けられていると言えます。

3. 外傷による椎骨動脈解離は、血管のどのあたりに起こりやすいのか

以下は少し専門的な内容になります。

椎骨動脈は、走行によって4つの区間(V1〜V4)に分けられます。

・V1:鎖骨下動脈から出て、頸椎に入るまでの部分
・V2:第6頸椎から第2頸椎まで、頸椎の横突孔という骨のトンネルの中を通る部分
・V3:第2頸椎を出てから、第1頸椎の上を回り込み、頭蓋骨に入るまでの部分
・V4:硬膜より上の頭の中の部分

【外傷・首の動きで最も傷つきやすいのは「V3」――首の一番上、頭のつけ根のあたり】

このうち、首の動きや機械的な力によって最も傷つきやすいのはV3(第1〜第2頸椎のレベル、後頭部のすぐ下・頭のつけ根のあたり)であるとされています。

理由は首の解剖学的な構造にあります。首を左右に回す動きの約50%は、第1頸椎と第2頸椎の間(環軸関節)で起こっています。V3はまさにこの「最もよく動く関節」のすぐそばで、骨のトンネルから出て大きく曲がりくねった走行をとるため、首を強く回したり反らせたりしたときに、血管が第1頸椎の骨や膜に押し付けられて引き伸ばされやすいのです。血管が引き伸ばされると内側の膜(内膜)に傷がつき、そこから解離が始まると考えられています。

また、解離がV3から頭の中のV4へと伸展したり、V4に単独で(硬膜を貫く部分のねじれによって)解離が起こったりすることもあり、頭蓋内の解離ではくも膜下出血の危険があります。

首筋の打撲の場合も、打撲そのものの衝撃に加えて、ぶつかった瞬間に首が強くひねられたり反らされたりする動きが加わることで、この上位頸椎レベルの血管に負荷がかかると考えられます。


(Gemini Notebookにて生成)

4. 首筋を打撲したら、どのような症状に注意し、いつ受診すべきか

まず強調しておきたいのは、首をぶつけた方の大多数は、椎骨動脈解離を起こすことなく治癒するということです。過度に心配する必要はありません。そのうえで、以下のポイントを知っておいていただくと安心です。

【注意すべき症状:①「いつもと違う」首の痛み・後頭部の頭痛】

・打撲した部位の表面の痛みではなく、頸の後ろや後頭部に、これまで経験したことのないような痛みが出てきた
・時間が経っても痛みが軽くならない、強くなってくる
・片側に偏った、持続する後頭部の頭痛

こうした痛みは解離の初期サインである可能性があります。「打撲の痛みにしては様子がおかしい」と感じたら、様子を見続けず医療機関(脳神経外科など)に受診してください。


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【注意すべき症状:② 神経の症状 ―― これらが出たら「すぐに」受診を】

打撲のあと(直後とは限らず、打撲から数日後、場合によってはそれ以上経ってからでも)、次のような症状が出た場合は、椎骨動脈解離による脳梗塞の可能性があります。ためらわずに救急外来を受診するか、救急車を呼んでください。

・急に起こった強いめまい、ふらつき、まっすぐ立てない・歩けない
・ろれつが回らない、言葉が出にくい
・ものが二重に見える、視野が欠ける
・飲み込みにくい、むせる、声がかすれる
・顔や手足のしびれ、片側の手足の脱力
・突然の、これまで経験したことのない激しい頭痛
・意識がぼんやりする

脳梗塞の治療は時間との勝負です。「そのうち治るだろう」と様子を見ることは危険です。


(Gemini Notebookにて生成)

【受診の目安のまとめ】

・首の打撲後、表面の痛み以外に、いつもと違う頸の後ろや後頭部の頭痛が続く・強くなる → 早めに医療機関へ(脳神経外科など)
・めまい、ろれつ障害、物が二重に見える、手足のしびれ・脱力などの神経症状が出た → 直ちに救急受診
・交通事故や高所からの転落など強い外力を受けた場合 → 症状が軽くても、すぐに医療機関で精査を

医療機関では、症状やけがの状況をうかがったうえで、必要に応じてMRI/MRA(磁気共鳴画像・血管撮影)やCT血管撮影(CTA)といった画像検査で血管の状態を確認します。これらの検査は体への負担が少なく、解離の診断に有用です。

おわりに

椎骨動脈解離はまれな病気ですが、若い方の脳卒中の重要な原因であり、首への軽微な外傷がきっかけになり得ることが分かっています。そして多くの場合は「首の痛み・後頭部の頭痛」という警告サインが、脳の症状に先立って現れます。

首筋をぶつけたあとに「いつもと違う痛み」や「めまい・しびれ・ろれつの回りにくさ」などの症状に気づいたら、すぐに医療機関に受診してください。早期発見・早期治療が、脳卒中の予防につながります。

※本コラムは一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個々の患者さんの診断・治療に代わるものではありません。気になる症状がある場合は、必ず医療機関を受診してください。

(参考文献)
・Biller J, et al. Cervical Arterial Dissections and Association With Cervical Manipulative Therapy: A Statement for Healthcare Professionals From the American Heart Association/American Stroke Association. Stroke. 2014;45:3155-3174.
・Jacobs W, et al. Risk factors for cervical artery dissection: a systematic review with meta-analysis. Stroke & Vascular Neurology. 2026;11:e004186.

医療法人脳神経外科たかせクリニック